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Editorial

【專訪 INTERVIEW】Yongsi 泳思

「整個EP的構造就好像出生或者死亡或者性愛一樣。」

(Scroll down for English Version)


連結收聽 Yongsi泳思 為 HKCR 特製的 Select Mix 歌單

(Currents.FM/ Spotify)



已近兩年。每天消去外在的毒。每天隔著口罩,幽閉地對話。如此不斷重覆,以前的日常——我們與外界的關係——面目幾近模糊不清。以至,我們開始想像一個還可直接地擁抱世界的過去。但形形式式的消毒劑和口罩,林林總總的壁壘和分界,不也存在於「以前」嗎?——最終,所謂我們與外界的關係究竟為何

在其剛於8 月推出其首張EP《Is anybody out there?》,旅居日本的樂手Yongsi遊戈於自我與他者的邊界,在語言的模糊間,重新叩問「我」為何物。

もうすぐで2年が経つ。殺菌されまくる毎日とマスクに隔離される会話。それまでの生活、外部と私たちとの関係が忘却の彼方に消えていき、やがて私たちは、まだすぐに世界を受け入れることができた過去を想像し始める。しかし、さまざまな形の除菌剤やマスク、さまざまな障壁や境界線は、「過去」にも存在していたのではないのか。外部と自分の関係と呼ばれるものは、結局何なのか。

日本を拠点に活動するアーティスト、泳思は、8月にリリースした1st EP「Is anybody out there?」にて、自己と他者の境界を彷徨い、言語の曖昧さの間で「私とは何か」を再び問いかけようとしていた。

訪問:gari



Q1. 你好,Yongsi。可以簡單介紹一下自己嗎

初めまして、泳思。あなたのことを少し教えてください。

你好,我叫泳思。泳思是我媽取的本名,意思是「願你的思緒萬千如永恒的流水一般生生不息」。我生於中國貴州貴陽,是大山里出生,地球上長大的孩子。我從12歲開始作詞作曲,在2019年的時候發佈了我的第一首數碼單曲——〈Where I Will〉。現在,人們把我歸類成「藝術家」。


こんにちは、私の名前は泳思です。母がつけてくれた本名で、「あなたの感性が無限の水のように永遠に流れるように」という意味が込められているらしい。貴州省貴陽市の山生まれで、地球育ち。12歳に作曲を始め、2019年に初のデジタルシングル「Where I Will」をリリースしました。今、人々に「アーティスト」と呼ばれていると思います。


Q2. 當初為何選擇旅居日本?

日本に行ったきっかけは?

沒有特别的理由,就是覺得是時候該去下一站了,所以其實哪裡都是可以的。

特別な理由はなかった。ただ、そろそろ次の場所に行くべきだと思いました。正直どこでもよかった。


Q3. 從中國到日本,這年又從京都轉到東京,這種跨語言、跨地域的經驗對創作有什麼影響?

中国から日本へ、そして今年は京都から東京へ移住したと思いますが、こうした言語や地域を超えた経験は、あなたの音楽にどのような影響を与えていますか?

事實上我也曾在美國和英國居住過一段時間,在英國的居住期間我獨自環游了歐洲一段時間,可以說在海外的時間至少占了我人生的三分之一。這一系列的經歷促使我對時間、空間、萬物以及人情有了些許個人的看法,這些思緒有一部分反應在了我的作品中,而剩下的部分所帶來的意義目前尚未明了,還有太多發生過以及正在發生或是即將發生的點點滴滴都值得我去慢慢摸索。如果要造一個句來描述我精神上所品嘗到的一切,我想我會把它形容成「不以載體而存在的有序的混沌」。

実はアメリカとイギリスにも住んでいたことがあります。イギリスにいたときは、ヨーロッパを旅行していたこともあって、海外で過ごした時間は私の人生の3分の1を占めているのではないかな。このような一連の経験は、時間、空間、物事、そして人間性についての考えを深めるのに役立っています。一部は作品に反映されているけど、残りの部分の意味はまだわかっていないかも。起こったこと、起こってること、そしてこれから起こるかもしれないことのすべてが、落ち着いてゆっくりと探求されるべきだと思っています。心に浮かんだ気持ちを一言で表現すると、「担い手のいない秩序のある混沌」という感じですかな。



『如果要造一個句來描述我精神上所品嘗到的一切,我想我會把它形容成「不以載體而存在的有序的混沌」。』





Q4. 你怎樣看京都的 scene?於京都活動時,有沒有一些經常交流的樂手?

京都についてはどう思われていますか?京都で活動していた時に仲良くなったアーティストはいましたか?

京都比起我去過的其他城市要内向很多,但就像内向的人一樣,那些被藏起來的有趣的事物你是要花時間去摸索的,有些地方如果没有人介紹,你甚至連進都進不去,在日語中這叫做「一見様お断り」。因此人脈就變得非常重要,好多優秀的藝術家就像京都的血液,在看似古老幽静的建築之下川流不息。

比如我經常去的酒吧「KAZU」隱藏在兩棟建在停車場背后的高樓的夾縫之間,要是没有人帶你你會以為那里禁止通行,在那里你會遇到很多帶着光怪陸離的想法來買醉的人。

又或是離市區比較遠,藏在住宅區之間的空間藝術會場「外」,在那裡我開了離開京都之前的最後一場live,策劃這場event的人是我非常尊敬的去年才從東京移居到京都的在日本非常有名的DJ Kotsu,很多他的藝術理念我都非常有感觸,能發展到今天這一步真的受到了他非常多的照顧。同場演出的藝術家還有sound designer/ dancer lyo Taniguchi 和sound maker/ DJ E.O.U。我和Lyo Taniguchi在去年一起制作了他的EP《Nichts》,我擔任了EP全四首作品的作詞作曲人聲和命名,這段制作經歷在很大程度上幫助我找到了自己的曲風。

京都は今まで行ったことのある他の都市に比べて、より内向的な都市だと思います。でも、その内向的な人たちと同じように、隠れた魅力を深く掘り下げようと思ったら、時間をかけなければならないかもね。誰かに紹介してもらわないと入れない場所もありました。日本語ではこれを「一見様お断り」と言います。だからこそ、人脈が大切でした。多くの優れたアーティストたちは、京都の血のようなもので、アンティークで落ち着いた印象の建物の下でシームレスに流れています。

例えば、私がよく通っていたバー「KAZU」なんですが、駐車場の奥に建つ2棟のビルの間に隠れている。誰も連れてきてくれないと、入り口さえ目に映さないほどです。あそこでは、色んな理由を持った酔っ払いに来る面白い人たちにたくさん出会えます。

あるいは、ダウンタウンから離れた住宅街にひっそりとある空間芸術のハコ「外」。京都を離れる前の最後のライブはそこで行いました。このイベントを企画したのは、去年東京から京都に引っ越してきた、私が尊敬しているDJのKotsuです。私は彼のエンターテイナーとしての考え方に多くの影響を覚え、彼のおかげでここまで来ることができたとも言えます。このイベントには、サウンドデザイナー兼ダンサーのLyo Taniguchiや、サウンドメーカー兼DJのE.O.Uも出演していただきました。Lyo Taniguchiとは、昨年、彼のEP『Nichts』を一緒に制作し、4トラックのEPで、作詞、作曲、ボーカル、ネーミングを担当させていただきました。この制作経験によって、自分の音楽スタイルを辿り着くこともできたと思います。


Q5. 現在的音樂路線受到了那些樂手或作品的影響?
現在の音楽スタイルに影響を与えたアーティストや作品を挙げてください。


受影響最大的還是古典音樂,特别是蕭邦跟德彪西。最近受電影配樂的影響比較大,其中最喜歡Jóhann Jóhannsson, Apparat和Jun Miyake。但本次作品的靈感來源於Pink Floyd。

一番影響を受けているのは、やはりクラシック音楽で、特にショパンとドビュッシーですね。最近では、映画のサウンドトラックにも影響を受けています。Jóhann JóhannssonやApparat、三宅純が特に好きです。とはいえ、このEPは特にピンク・フロイドに影響を受けています。



Q6. 《Is anybody out there?》中,每個詞——包括「?」——各自斷成一個個曲名。為什麼選擇以這種方法編排曲目?

「Is anybody out there?」の各曲名については、「?」も含めて、それぞれの単語がトラックタイトルに分解されていると思いますが、なぜこのような構成にしたのですか?

每一個曲名在我心中其實和每一首歌的詞和旋律是相對應的,而他們連起來又是一個完整的句子,對於本次的作品而言每一首歌連起來又是一首更加龐大的曲子。

第一首〈Is〉以英語語法的角度來看,以「is」(be動詞)開頭的句子一定是一個疑問句,這也是為甚麼〈Is〉中使用了帶有民族和原始感的鼓點和旋律,人聲部分模仿了狼的嚎叫聲,並在結尾部分使用了reverse的編曲,目的是想把時間線和空間點拉回世界還是只有大山大河一切都還是未知的年代,從而喚起人們心中最本能的情感。

〈anybody〉是關於狹義的「我」與廣義的「我」之間所進行的意識形態上的談話。第一視角闡述的是以狹義的「我」作為「我」活在這個目能見手能觸的世界所感受到的可言語化的情感。第二視角代表的是廣義的「我」作為「我」/ 「我們」活在意識空間(異次元)所感受到的不可言喻的情感。而這裡所提及的任何一個「我」/ 「我們」可以是任何一個人。

〈out〉想表現的是上述所提到的所有人或意識形態衝破任何一种形態的牆,相互體會最後到達一個頂點融為一體的狀態,而那個頂點就是〈there〉,但〈there〉到底是哪裡,那個狀態到底是甚麼模樣,誰也不知道,所以最後以〈?〉結束。

〈?〉的僅僅是把我開始制作這個EP的那一天的記憶像獨白一樣念了出來,就像從天際旅行終於落地歸根了一樣,所有天馬行空的幻想和混沌的答案最終終結於〈?〉,一個最平凡無奇的瞬間,而那些瞬間所帶來的力量就好像游走在我身邊的暗流,為此我仍願意在任何一個隨機的瞬間醒來。其實打個最好理解的比方,整個EP的構造就好像出生或者死亡或者性愛一樣哈哈哈。



私にとっては、どの曲も歌詞とメロディが対応していて、それらがつながって一つのセンテンスになっています。今回の作品では、1曲1曲がつながって、1つの作品になってる感じです。

英文法では、「is」(動詞「be」)で始まる文は必然的に疑問文になります。だからこそ、1曲目の「Is」では、トライバルでプリミティブなビートやリズムが使われ、オオカミの遠吠えをボーカルで模倣し、エンディングではリバースでアレンジされています。その目的は、時間と空間を、山と川以外はまだ何もなかった時代に戻すことで、そうすると人間の最も本能的な感情を呼び起こすことができるのかなと思って作りました。

「anybody」では狭義の「私」と広義の「私」との思想的な対話をイメージしています。第一視点で描かれているのは、見たり触れたりできる世界に生きている狭義の「私」の、言語化可能な感情で、第二視点では、意識空間(異次元)に生きる広義の「私」の言語化できない感情を表しています。ここでいう「私」や「私たち」は、誰でもあること。

「out」は、上述したすべての人々やイデオロギーが、あらゆる形で壁を突き破り、お互いを経験し始め、最終的にひとつになったときの状態を提示しようとしています。その頂点がまさに「there」にある。しかし、「there」は一体どこなのか?どのような状態なのか?それは誰にもわからないので、「?」で終わらせました。

「?」では、このEPを作り始めた最初の日の記憶を独白のようにただ単に喋っているだけ。まるで宇宙旅行を終えて地球に戻ってきたかのように、様々な空想や混乱した答えが「?」という最もありふれた意外性のない瞬間で終わっています。そして、この瞬間に発生したパワーは、私の周りにあるアンダーカレントのようなもので、いつ目が覚めてもいいようになっているのです。端的に言えば、EP全体の構造は、生や死、セックスのようなものです。



『一個最平凡無奇的瞬間,而那些瞬間所帶來的力量就好像游走在我身邊的暗流,為此我仍願意在任何一個隨機的瞬間醒來。其實打個最好理解的比方,整個EP的構造就好像出生或者死亡或者性愛一樣哈哈哈。』




Q7. 相比此前兩首單曲,《Is anybody out there?》似乎更注重表現人聲和言語的朦朧曖昧。這與EP的創作理念有沒有關係?


前の二作のシングルに比べて、「Is anybody out there?」は、人間の声の不明瞭さや曖昧さをより強調しているように感じますが、これはこのEPのアイデアと何か関係がありますか?

非常有關係。但這背後關乎到的創作理念牽扯到了太多東西,所以我目前只想提及其中一個小小的思考。在習得多語言之後,我有一個非常深切的感受,就是「語言(符號)」很多時候不是在幫助我們溝通,而是在促使各種誤解和猜想,因為語言和物質之間的關係是隨機性的。好多時候我會常常感覺到被語言「出賣」了,這並不是空口無憑的胡說八道(也可能只是因為我太不會聊天),而是關乎到語言學上一個「雞生蛋蛋生雞」的問題,俗稱薩丕爾沃夫假說,感興趣的話可以去了解一下,真的非常有趣。但我想說的是,好多時候語言能夠給我們提供的信息比我們想像的要多得多,而有的時候卻少之又少。在那之中有真有假,如何判斷,最終還是要去問我們自己的内心。暫時的敵對和盲目的跟随都是枉費,所以不管是誰給你提供了甚麼樣的選項,你都應該去感受和尋找屬於自己的真相。只用了解了你自己,你才有可能去了解和善待他人。

たくさんあると思います。ただ、このアイデア全体に関しては、単純に話すことがたくさんあるので、今回はちょっとした考えをここで共有したいと思います。いくつかの言語を学んでみて、「言語」(象徴)は私たちのコミュニケーションに何の役にも立っていないどころか、さまざまな誤解や憶測を引き起こしているように感じています。それは、言語と物質の関係が本質的にランダムなものだからです。私はいつも言語に「裏切られている」と感じてしまっています(会話が下手なだけかもせんけど)。一般に「サピア・ウォーフ仮説」と呼ばれる言語学の「鶏と卵のパラドックス」のような問題やけど、興味のある方は調べてみてください。結構おもろいですよ。とにかく、私が言いたいのは、言語によって伝達される情報は、常に私たちが聞いたことよりもはるかに多いか、はるかに少ないかのどっちかってこと。真実と偽りが共存しているから。判断の仕方というのは、結局のところ自分自身に問いかける必要があります。一時的な敵意と盲目的な追従はすべて無駄になること。だから、誰からどんな選択肢を与えられようと、それが何であろうと、常に自分自身の真実を感じ、追求しようとするべきなのです。自分自身を理解して初めて、他人を理解し、相手を優しく扱うことができるようになるのです。


Q8. 這次的EP由Yosi Horikawa負責混音和mastering。兩位合作的契機是甚麼?合作過程中有沒有什麼有趣的經歷?

このEPのミックスとマスタリングはYosi Horikawaが担当していると思いますが、このコラボレーションはどのように始まりましたか?また、今回のコラボレーションで何か面白い経験はありましたか?

Yosi Horikawa是我在京都時相識的一位DJ Alex介紹的,我們只通過郵件交流過,還沒有見過面。要說有趣的經歷的話,對於我來說應該是在他幫我混音的期間我一直無限循環他的〈bump〉,就為了想像他到底會怎麼美化我的作品哈哈哈。

Yosi Horikawaを紹介してくれたのは、京都で知り合ったDJのAlexです。ずっとメールでのやりとりしてたので、今でも直接に会ったことはないです。面白い体験といえば、彼が私の作品をどのように完成してくださるのかを想像するために、彼の「bump」をずっとループしてたことかな(笑)。



Q9. 原音樂器、田野錄音與電子音聲在你的創作中分別有什麼作用?在作品中,三者有著怎樣的關係?

あなたの音楽において、アコースティック楽器、フィールドレコーディング、電子音はそれぞれどのような役割を果たしていますか?また、その3つはどのように関連しているのでしょうか?

原音樂器是我作品的地基,我一般在寫歌的階段只用鋼琴。田野錄音只是我的個人愛好,我還是在靠近自然的地方比較放的開一點。而電子音是為了加重整體的龐大感。

アコースティック楽器は、私の作品の基礎となるもので、いつも作曲する時はピアノしか使わないので。フィールドレコーディングはあくまでも好みなので、自然に近い方が自由な感じがします。一方、電子音は作品全体に巨大さを加えるために使ってます。




所以不管是誰給你提供了甚麼樣的選項,你都應該去感受和尋找屬於自己的真相。只用了解了你自己,你才有可能去了解和善待他人。




Q10. 能分享一下未來的計劃或展望嗎?

今後のプランを教えてください。

有可能會嘗試發佈一張只用鋼琴和人聲錄制的即興演奏的專輯。

ピアノと人の声だけで録音した即興アルバムを出してみようかなと思っています。



Yongsi 泳思的首張EP 《Is anybody out there?》現已發行。


Listen to the Select Mix created by Yongsi for HKCR (Currents.FM/ Spotify)


It has almost been two years. Every single day is sterilized, with conversations quarantined by the masks. Our life before – the relationship between the external and us – has been fading into oblivion, that we eventually start imagining a past that we still could immediately embrace the world. But didn’t various forms of sanitizers and masks, different barriers and dividing lines, also exist in the “past”? What is ultimately the thing that we call the relationship between the external and us?

With her first EP “Is anybody out there?” released in August, the Japan-based artist, Yongsi tries to wander around the borders between the self and the other, asking the question “What am I?” again in the ambiguity of language. 

Interview by gari



Q1. Hi, Yongsi. Tell us a bit about yourself.

Hi, my name is Yongsi. It’s my real name given by my mother, which means “may your sentiments be infinite, as everlasting as the eternal flowing water”. I was born in the mountains of Guiyang, Guizhou, but an Earth brought up child. I started composing songs at the age of 12, and released my first digital single Where I Will in 2019. Now I think people would categorize me as an “artist”.


Q2. What brought you to Japan in the first place?

With no special reason. I just felt like it’s time to move on to the new place. Honestly, it could be anywhere.


Q3. Moving from China to Japan – once again, from Kyoto to Tokyo this year – how do such translingual and transregional experiences influence your music?

In fact, I had also lived in the US and the UK for some time. When I was in the UK, I had also been travelling around Europe for a while. Time I spent overseas probably takes up one-third of my life. This series of experiences help me develop some ideas concerning time, space, materials and humanity as well. They are partly reflected in my works, while the meanings of the remaining parts are still yet to be known. Every bit of the happend, the happening, and the going-to-happen deserves to be explored calmly and slowly. If I were to depict what came across my mind with only one sentence, I would say it feels like “an orderly chaos that exists without a bearer”.


Q4. What do you think about the scene of Kyoto? Were there local artists that you got along with when you were active in Kyoto?

Kyoto is a much more introverted city compared to others that I’ve been to. But just like the introverts, time has to be spent if you want to dig deep into those hidden gems. You can’t even get into some places if you’re not introduced by someone – in Japanese, this is called “Ichigen-sama-okotowari” (一見様お断り). That’s why being well connected is so important there. Many outstanding artists are like the blood of Kyoto, flowing underneath those buildings which seem to be antique and tranquil, seamlessly and endlessly.

Like the bar KAZU which I used to go to. It is hidden between two skyscrapers built behind the parking lot. If no one brings you there, you’d probably think entry is restricted. Over there, you can meet a lot of people who come to get themselves drunk for some odd reason.

Or the spatial art venue Soto which is hidden in the residential area away from downtown. I held my last gig there before I left Kyoto. The event was organized by the famous DJ Kotsu, who moved from Tokyo to Kyoto last year, and who I respect very much. I was moved by many of his ideas of being an entertainer, he means a lot to me for being able to come this far. Artists like sound designer/ dancer, Lyo Taniguchi and sound maker/ DJ, E.O.U also performed in the gig. Lyo Taniguchi and I produced his EP Nichts together last year. I took charge of the lyrics, composition, vocal and naming of the 4-track EP. This experience in production helped me find my own musical style to a large extent.


Q5. Could you name artists or works that influence your current musical style?

The biggest influence still comes from classical music, especially Chopin and Debussy. Recently, film soundtracks have also been quite an influence on me. Jóhann Jóhannsson, Apparat and Jun Miyake are my favorites. That said, this EP is particularly inspired by Pink Floyd.



Q6. Each word in Is anybody out there? – including “?” – is broken down into track titles. Why did you choose to arrange the tracks in this way?

To me, lyrics and melodies correspond to each other in every song; and when they are linked together, they form a complete sentence. For this work, as every track is linked together, they in turn form a larger piece of music.

In English grammar, sentences that begin with “is” (the verb “be”) are questions necessarily. That’s why in the first track Is, tribal and primitive beats and rhythms are used, wolf’s howl is mimicked by the vocals, and the closing section is arranged with reverses. The aim is to bring time and space back to the epoch when all were still unknown but mountains and rivers, and by doing so, the most instinctive emotions of human beings can be evoked.

anybody is an ideological conversation between the “me(-s)” in a narrow sense and in a wider sense. What’s illustrated in the first perspective is the verbalizable emotions of “me” in the narrow sense qua “me” who lives in the world that can be seen or touched. While the second one represents the unverbalizable emotions of “me” in the broad sense qua “me” who lives in the space of consciousness (in another dimension). The “me” or “us” here, can be anyone.

out seeks to present the state that when everyone or ideologies mentioned above break through the walls in any form, starting to experience each other and eventually unite in one. This apex is exactly there. But where exactly is there? What is this state like? It is unknown to all, so it ends with “?”.

? is nothing but a word that verbalizes – somehow like a monologue – my memories of the first day I started making this EP. It feels as if I came back to Earth in the end after a space trip, all sorts of fantasies and disorganized answers have ended with a “?” – the most common, unsurprising moment. And the power generated from this moment is like undercurrents around me, so I’m still willing to wake up at any moment. To put it simply, the structure of the whole EP is just like birth or death or sex lol.



Q7. Compared to the two previous singles, it seems that Is anybody out there? has a stronger emphasis on the obscurity and ambiguity of the human voice. Does this have anything to do with the idea of this EP?

A lot, I would say. But there is simply a lot to talk about when it comes to the whole idea of it, so now I’m just going to share a little thought here. After learning several languages, I really feel like “language” (the symbolic) is not helping us communicate at all, it is rather triggering various misunderstandings and conjectures. It’s because the relation between language and the material is essentially random. I always feel like I’m “betrayed” by language, no kidding (maybe it’s just because I suck at talking). It’s related to a chicken-or-the-egg paradox in linguistics that is generally called the Sapir–Whorf hypothesis. Check it out if you’re interested to know more, it’s really intriguing. But what I want to say is that information transmitted by language is always either much more than we have heard, or much less than we have heard. Truth and falsehood coexist. The way of judging, at the end of the day, requires us to ask ourselves. Temporary hostility and blind following  all go to waste. So, no matter who gives you an option – whatever it might be – you should always try to feel and pursue your own truth. Only when you have understood yourself, you are likely to be able to understand others and treat them well.


Q8. This EP is mixed and mastered by Yosi Horikawa. How did this collab start? Was there any interesting experience in this collab?

I was introduced to Yosi Horikawa by DJ, Alex, who I met in Kyoto. We’ve been interacting only through e-mails, so we haven’t met each other face-to-face even now. Speaking of interesting experiences, to me, it’s probably that when he was doing the mixing for me, I kept looping his bump, just to imagine how he would embellish my work, lol.



 Q9. What roles do acoustic instruments, field recording, and electronic sound play respectively in your music? How are the three related in your work?

Acoustic instruments are the cornerstone of my works, generally I only use piano for composition. Field recording is only a sort of preference, I feel freer being close to nature. While electronic sounds are used to add immensity to the work as a whole.


Q10. Could you share your future plans?

I might try to release an improvisation album that is only recorded with piano and human voice.

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Yongsi’s debut EP ‘Is anybody out there‘ ? is out now, listen.

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